
あらすじ
磨白山
本編で得た情報から山には"捨てる"という風習が残っていることが分かる。村人が亡くなった人を山に"捨てる"ことで、亡くなった人は山に取り込まれるのかもしれない。始まりは語られなかったが、山での人や動物を神に捧げる生贄の風習は古来から社会秩序の維持や豊穣を願うために行われてきた。個人的には日向が視た"ぷよぷよ"は"捨てられた村人"の集合体ではないかと考える。
旅館で女将の息子
女将の息子のひいばあちゃんは生理になった時に汚れた下着を山に"捨てた"ことで、生理が来なくなったのだと言う。だとしたら、女将の息子は誰から生まれたと言うのか。後述するが、かなり重要な伏線ではないかと考える。
天野司
霊感があり視えてしまうらしい司。敬太の母親から送られてきたビデオテープも捨てるか燃やした方がいいと敬太に忠告している。誰よりも敬太のことを想い、親身に接していたはずの司は何故消えたのか。それは司が敬太に目を背け続けていた日向の死を告げただけではなく、幻視?によって日向の死亡現場を目撃したことが原因であることは間違いない。敬太が司を疎ましく思い、敬太に"捨てられた"のだろう。
久住美琴
死んだ敬太の父親から「息子をよろしくお願いします」と電話があったが、敬太に一番近い女性を執拗に狙う姿は、日向が亡くなった後も日向の誕生日を祝い続けた映像の気持ち悪さも相まって強烈な印象を残している。廃墟で久住の手を引っ張った男性の手も敬太の父親だろう。"家族"という形にこだわり続けることも本作のテーマの一つだ。
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3つの視線
1つ目の視線
久住が終盤で背後から感じた。おそらく敬太の父親である。誰よりも"家族"という形にこだわる敬太の父親は、久住を敬太のパートナーにすることを諦めないだろう。
2つ目の視線
女将の息子が山から感じた。山にひいばあちゃんが生理を"捨てた"が、血筋は途絶えていない。つまりその血筋である女将の息子はもはや山の所有物なのだろう。高い視点からだった為、山神の使者である猿神の可能性が高い。
3つ目の視線
敬太と司が感じた。ビデオを撮られているような第三者から見た映像は、神や超常現象の類の視点を表しており、取り込まれたという演出だろう。
児玉敬太
敬太は疎ましく思った日向を無意識に"捨て"、司もまた"捨てた"。そして、亡くなった母親も視えていないことから同じように"捨てた(切り捨てた)"のではないのか。個人的には、廃墟に行ったことで何らかの力を手に入れた敬太が無意識に力を使い続け、最終的にはその取り立てがやってきたという表現であるように感じた。
解答が用意された映画ではないので様々な考察を読んで自分なりに解釈してみてください!
以上。
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