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映画『犬王』劇中歌・ライブ完全解説|全楽曲一覧と歌詞の意味を徹底考察【保存版】

映画 犬王 を観終わったあと、多くの人が頭から離れなくなるのが“ライブシーン”だ。

犬王の舞。
友有の語り。
平家の亡霊たち。
そして、観客の異様な熱狂。

『犬王』は歴史アニメでありながら、同時に“ライブ映画”でもある。

しかも劇中歌は単なる挿入歌ではない。

一曲ごとに、

・封印された平家の物語
・犬王の身体変化
・友有が語る歴史
・消された者たちの救済

が描かれている。

つまり『犬王』のライブとは、

“歴史を蘇らせる鎮魂儀式”

なのである。

この記事では、映画内で披露された主要ライブ曲を曲順に整理しながら、

・誰が歌ったのか
・どんなライブだったのか
・どんな物語を描いていたのか
・犬王がどう変化したのか

まで、映画を観た人向けに徹底解説していく。

 

 

作品情報

タイトル:犬王
監督:湯浅政明
原作:平家物語 犬王の巻
音楽:大友良英
犬王役:アヴちゃん
友魚・友一・友有役:森山未來

 

『犬王』の音楽は“物語そのもの”だった

『犬王』では、歌うこと自体がテーマになっている。

友有は、“語られなかった平家の歴史”を歌う語り部。
そして犬王は、その物語を舞で可視化する。

つまりライブをするたび、亡霊たちは救済されていく。

だから犬王の身体も変化する。

彼の異形の肉体は、“封印された歴史”を背負っていたからだ。

つまりこの映画では、

歌うこと=鎮魂
舞うこと=救済
ライブ=歴史の復活

として描かれている。

 

「犬王 壱」

歌:友一・友有(森山未來)

犬王初期を象徴する語り曲。

この頃の犬王は、まだ“スター”ではない。
都では、“異形の怪物”として噂されている存在だった。

歌詞にある、

「絶望悲嘆の呪いを纏い 産み落とされた赤子」

という一節が、犬王という存在そのものを表している。

ここで重要なのは、友有の役割。

彼は単なる歌い手ではない。

“犬王伝説を世間へ広める語り部”

なのである。

つまり「犬王 壱」は、

“怪物・犬王の誕生譚”

を語る曲だった。

 

「独言」

歌:犬王(アヴちゃん)

犬王自身の孤独や苦しみが色濃く出ている重要曲。

この頃の犬王はまだ受け入れられていない。

異形の身体。
見世物として扱われる人生。
普通の人間として生きられない苦しみ。

だからこの曲は、観客を盛り上げるというより、

“犬王自身の感情”

が前面へ出ている。

しかし舞台へ立った瞬間だけ、犬王は自由になれる。

つまり「独言」は、

“犬王が表現者として目覚め始めた曲”

でもある。

 

「鯨」

歌:犬王(アヴちゃん)
ライブ演出:友有(森山未來)の語りあり

『犬王』を代表するライブ曲。

巨大な鯨が舞台を埋め尽くす演出は、映画屈指のインパクトを誇る。

ここで歌われるのは、“海へ沈んだ者たちの物語”。

平家物語には残されなかった死者たち。
その無念を、友有が語り、犬王が歌い上げる。

そして観客は熱狂する。

ここから犬王は完全に“スター”へ変わる。

つまり「鯨」は、

“犬王現象の始まり”

とも言えるライブ。

さらに重要なのが、このライブ後の身体変化。

亡霊たちが救済されたことで、犬王は少しずつ“人間らしさ”を取り戻していく。

 

「犬王 弐」

歌:友一・友有(森山未來)

犬王人気が爆発していく様子を語る曲。

歌詞には、

「奇妙な腕が人の腕に どうやら呪いが解けたらしい」

という印象的なフレーズがある。

つまり世間も、“犬王の身体変化”へ気づき始めている。

さらに重要なのが、

「同じ話は二度はやらねぇ」

という部分。

これは犬王ライブ最大の特徴。

毎回違う物語。
毎回違う亡霊。
毎回違うステージ。

つまり犬王たちのライブは、

“一夜限りの伝説”

だったのである。

だから観客は熱狂した。

 

「腕塚」

歌:犬王(アヴちゃん)
ライブ演出:友有(森山未來)の語りあり

『犬王』という作品のテーマを最も象徴しているライブ。

ここで歌われるのは、“腕”にまつわる平家の伝承。

つまり、歴史から消された者たちの断片である。

このライブで重要なのは、

“歌うことで死者が救済される”

という構造。

友有が語り、犬王が舞うたび、亡霊たちは成仏していく。

そしてその代わりに、犬王の身体はさらに人間へ近づいていく。

つまり犬王は、

“死者を語ることで、人間になっていく”

のである。

だからこのライブは、熱狂的なのにどこか悲しい。

 

「犬王 参」


歌:友一・友有(森山未來)

この頃には犬王は完全に時代のスター。

歌詞にも、

「将軍様に高覧賜る 一世一代の晴れ舞台」

とあり、ついに権力層にまで人気が届いたことが分かる。

さらに重要なのが、

「唄い踊れ とち狂え 平家の亡霊」

というフレーズ。

これは『犬王』という作品そのものを表している。

犬王のライブは、
エンタメでありながら、

“死者を救済する儀式”

だった。

だから観客は熱狂し、
亡霊たちは成仏し、
犬王はスターになっていく。

この「参」は、

“犬王伝説の頂点”

として描かれている。

 

「竜中将」

歌:犬王(アヴちゃん)&友有(森山未來)

『犬王』最大級のライブ曲。

このライブでは、“竜宮”や“平家の夢”がテーマとして描かれる。

歌詞にある、

「滅した一門忘するまじ」

という言葉は、作品テーマそのもの。

歴史から消された者たちを、“忘れるな”という叫びである。

そしてこの曲で重要なのが、犬王と友有の関係性。

ここではもう、

「犬王が舞う」
「友有が語る」

という役割分担を超えている。

二人が完全に“ライブそのもの”になっている。

だから「竜中将」は、

“犬王と友有が到達した最終形態”

とも言えるライブなのである。

『犬王』のライブがここまで心に残る理由

『犬王』のライブシーンは、ただ派手なだけではない。

そこには、

“歴史から消された者たちの叫び”

が込められている。

だから観客は熱狂する。
そして同時に、どこか切なくなる。

犬王は怪物だったのではない。

“語られなかった存在”

だった。

友有もまた、消された歴史を歌う語り部だった。

そんな二人が出会い、“存在しなかったことにされた物語”をライブへ変えた。

だから『犬王』の劇中歌は、映画が終わったあとも耳に残る。

あのライブは、エンタメでありながら、

“死者を忘れさせないための歌”

だったからだ。

 

まとめ

『犬王』を観終わったなら、サウンドトラックは絶対に聴くべきだ。

この作品は、映画だけでは終わらない。

映像の熱狂に飲み込まれていたライブシーンも、アルバムで聴き直すことで、

・友有が何を語っていたのか
・犬王がどんな感情で歌っていたのか
・平家の亡霊たちにどんな物語があったのか

が、一気に頭へ入ってくる。

特に「鯨」「腕塚」「竜中将」は、歌詞を追いながら聴くだけで映画のライブシーンがそのまま蘇る。

そして「犬王 壱」「犬王 弐」「犬王 参」は、“犬王伝説そのもの”を語る曲だ。

つまり友有は、ただ歌っていたわけじゃない。

犬王というスターを時代へ広め、熱狂を作り出していた。

ここに気づくと、『犬王』という作品の見え方が変わる。

映画ではライブの勢いに圧倒される。
だがアルバムでは、“言葉”が刺さる。

『犬王』は、サウンドトラックまで触れて完成する作品だ。

 

関連記事はこちら

映画本編の考察や、犬王と友有の関係性、ラストシーンの意味、原作との違いについては、こちらの記事でさらに詳しく解説しています。

「映画『犬王』考察|ラストの意味・犬王の正体・原作との違いを徹底解説」

ライブシーンを観たあとに読むと、“なぜ犬王たちが歌い続けたのか”がさらに深く見えてくるはずです。

midnight-sweets.com

 

以上。

 

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